《神龍句集》
序
予少时,庭中便有樱花一株,亭亭如盖也。绽时,恍若少女羞涩之红,泛于枝叶之间。俟其结子,往往玲珑剔透,光泽流转。吾食之既过,尝醉于树下,得云梦不知几何。负笈之后,方晓樱花乃东瀛国色,然初不在意。未虞,二十年后,结缘于俳句。感其吉光片羽,往往情怀匪浅,故学之不倦,预得之一二,以遣无限生涯。赖神灵相佑,能得其有限之书册,览其无穷之魅力。遂提笔作之,成之一辑,幸甚至哉。
春日の万燈をまき散らした空
千里の駒が馬蹄う幻れ氷
雪明り嫦娥のウサギが走る
詩箋を手に持った狐の妖
手紙に桜花の三五輪
一别の渡し場の吾が柳
秋の夜の銀漢一筋は太刀か
水月三千個もあれば化身
高山流水一曲天下の知音の琴始
珊瑚と去年今年赤い涙
小刺客は海胆を怒ひけり
目の縁の明き愁う古硯
白蛇や抜く殻冢原卜传の刀
生ビールより白蟻の湧き上る
廃電池の底の細流や春深し
獅子くぐり金の輪は太陽
尺八や一寸の竜が鳴く
寒蟬抜く蟬殻は黄金の屋
美人の掌心の痣や小豆生む
春光むかし屏風の金泥
松の実して若緑の佛髻頂はす
蟹殻を堅よく棚上げ休戦日
飛行機聞く筆跡の過き紙に
真珠一千万斗や春の雨
鱼腹のように白い天の川
地球儀一人残らず
北へ北へ手紙読ちけり雁の字
浅蜊の舌や秘め事
明日葉や昔の己の姿を見る
春に後身帰る
露の珠これはダイヤモンドですか
一時に蛙の子も垢が抜ける
かたつむりの後ろに銀河があります
枯山水は山水より寒い
ハエは仏前で合掌する
蟷螂は枯れても鋭いのこぎり
鮎の子や美髯を揺り動かす
寄居虫屋は故人か
春川やちりめんの皺が寄る
枯木も忘れ年輪
桃花や美人の映り春の水
どんなに涼しいわが影
玉柳や髪を湖辺に掻く
夜がスクリーンにメール忘れけり
球がポケットに入る夕陽かな
一つ一つのイチゴや心が通う
電池の内の電流や春深し
ポートワインをストローに吸う蚊か
君の成功を祈るハスキーかな
柳の枝や春鮒釣りする
掌の川よ生命線は無声
両鬢や鏡中は滝がかかる
満の月は厩出しの馬の目
玉肌から水が滑る雨の竹
春夢雲も雨も巫山戯る
氷柱は水晶簾の宮殿哉
吾掌の陰に梧桐葉青む
一人の影映る二人で行く
青蛙がしっとり上半身かな
螳螂は鋸引の枯枝かな
この空山は春天で還俗し
大空や空や空や空や空や
地平線は一筋スタートラインや
細螺や美人の髪の碧の簪
人も見ぬ蘭の花や空の谷
「蘭亭序」のその細き鼠の須
麦畑や黑蟻がタイルを這う
茶杓や竿は岸につっ軽舟
龍天に昇る上げ花火かな
竹の皮脱ぐ竜宮の柱立つ
冷奴を月世界こ食べるか
銀に輝く峰々は万馬の如し
聳える玉峰は中指の如し
赤蜻蛉や青蜻蛉の上に
光を収束するや秋扇開く
月の魂が水に浮かぶ
鳳凰の周りに百千鳥の集まり
米つぶは蟻の道へ移動中
黑蟻の列車に上る快哉
てのひらに錦を載せるプリズムかな
黄河や吾の血筋の中の龍
太陽は万物の電池の如し
長城は一筋の眠れる龍や
八百匹の馬江に湧く観潮かな
マッチの燃えさしあれの紅帽は
遅き日の長い川もみの如し
古松に万片淋し老龍鱗
玉川や吾が腰に帯をしめる
青や山へなり河へなり行く
大地に印をつける青の田
蟹のはさみが空へ伸す投降か
小豆粥に熱い涙や紅燭
風有り月有り不眠夜や
一瓢や川の水の流れが続く
退屈でしかたがない歳暮哉
環食や上帝の金の指輸
夏木立の昇天の気ありけり
竜が金鱗上の換え菊かな
有明や一瓢の春の夜の水
青竜は雲の峰に絡みつく
夕立や目下に千峰は小さい
玉人や春駒の左目に入る
蜂王宫に金屋の八百軒
玉波が逆巻く竜の涼しさよ
相撲草の葉に置く露相撲かな
栓ぬくよ蛇の舌まで酒浸し
秋高し飛行機の爆音を聞く
断橋に朦朧と影よ蛇衣
竜々の気の大きいよ雲の海
夜濯ぎの珠ゆっくりと浮かぶ
蕪村忌や陶淵明の後ろ姿
蕪村忌や濡れ影は陶淵明
花吹雪舟の旅人は窓開く
淡い墨を筆につける雲の峰
彩雲に竜と鳳凰化けたり
万松嶺鶴歩く見よ朧月
枯荷や万柄の戦音を聞く
名月や大珠が西湖に浮かぶ
地平線上に秒読み年行く
花嫁を迎える地虫穴を出づ
あじさいに乙女のししゅう針かな
敗荷がちょうあいをうしなうかな
梨を剥く我と彼の分離こころ
寒に入る不変の竹の節かな
神仙や川にたからぶね往来
竜鳴く春の川に浪が高く
あおくるみの核の中なる乙女心
焼入れ炉の中の劍にも七尺の魂かな
腕上の茱萸の一本山がくれ
枯れ芭蕉や古い手紙を焼く
息白し陰陽師化ものがたり
年玉やぽっぽの呱々の声ふだん
胡葱やひげなりになる朝の雨
柿青し腕白な少年めに
秋の七草やひふみよいむなや
二日灸松に緑針を出し
せっけん泡に月下美人を消した
石榴の笑み無数のルビーありかな
神飾る春日若宮おん祭
獅子舞の時に花の世界へ行く
馬酔木の花が揺らぐ玉杯を合わせる
地蔵や人間の欲は蟻地獄
罅入った塀は血筋震災忌
夢の中蝶の目を惹く室の花
首肯くの山々四方拝
芭蕉忌や青罗の髪の三千筋
一つ葉の万葉集の怠夢
風や長袖善く舞い龍田姫
拇印を瑪尼石に押す稽古始
王羲之の筆も酔い流觴
紅点も白点もしさん岩魚
井水に月を汲む玉瓢かな
夕映鯨は猛烈に噴火かな
姫始め上の句対下の句かな
コップ丸薬の瞬き蜃気楼
守宮の旗を損なうかな尾の搖れ
花の仮面奥三河花祭
彩雲間てんいむほう初縫
寄居虫に忘れ霜は小屋のいしばい
龍舌蘭の歯を得たるが如し
秋の山やせ俳人苦吟ちゅう
秋の田吾肘に黄金印
寒中水泳と玉龍の音
龍天に昇るや萬丈松
炎宙燃えるような网膜かな
八幡放生会や龍王拝
世の中一碧楼忌夢の中
始皇帝万歳兵馬俑立つ
白魚や月を追って移動する
日と月と一緒に明き青山河
千万の太陽が昇る光明へ
すぐオートバイの遠乗り秋の声
小寒や私の誕生日と青史
山河や藍で染める千代の春
ひと呼吸置く鰓のスイートピー
緑の夜塩素化銅溶液が転覆した
そよ玉龍の遠乗り天の川
鷲翼を広げると視界が開ける
お橋や大きな碗に置く太箸
高山祭の雲の道の帰る
涼しい月はドーナツ盤の如し
四方拝われは竜に従い
春湖はドーナツ盤の如し
折り目のアラビアンナイト夜長
花八つ手を揺る観音千つ手
上元の日天も地も人も円
朝雨に傘いらず粘れ春塵
秋日影や白雲観の白雲
二人静クロ—ン一人静
放生そうしゅと慈悲心鳥
ひが曲線を描く相対論
三歳や青い目一対読初
舞初め「霓裳羽衣」一曲
虚無僧のくちびるが荒れる大瑠璃
舌の根の乾かないうち虚子忌
嫁が君聖賢の道無形かな
苧環の花に金の糸を穿つ
回転翼をひらひら青き踏む
青葡萄ひと群の龍の目かな
秋宵や鼠の穴の猫の目
曙や茶しぶを抜く天の碗
つづけざまにくしゃみをする春雷
春の雷や龍は嚔が出る
雲に聳える太宗の碑や先帝祭
一筋の糸の蜘蛛は汗拭けり
一筋の蜘蛛の糸の露が光る
檸檬を一切れ入れる夜月かな
びのちから蕨のほうしのうを裂く
秋の峰や水に映る駱駝色
眠る山々も白きんじとうかな
羿や太陽の血が噴く弓始
屋根替弄玉の簫の音回り
夕に鶴嘴の先
余花や美人の唇に似て
荷池が見えて黄に変わる破れ傘
乾鮭が月下きらめく通しかな
医者がマスクをかける頬白鳴く
青麦の鋭い芒も光り剣
春月や美人の膝に置く琴
萍生ふ亀甲へ雨斜め
青田波巻いて田螺の泥噴かず
熱い食指も拇指も赤い羽根に
流感や匙の立ちて影法師
鞘中に不平を鳴らし蛇の舌
弦の桜花と玉指に泡が立つ
玉兎や大根の枕を当てて寝る
嫦娥に琴を習う玉兎かな
湖に枯木の映り舟が揺るぐ
満碗に朱を注ぐ秋の夕焼
風聴く琴の下に犬と兎
銀杏黄葉のような扇でした
暖か大志雲をしのぐ飛行機
鶴嘴に一つの礫は浅蜊かな
粥柱と沸海をかき回した
果報や歳徳神はもう来ている
歳徳神や門で待つのぞき穴
まばらな八弁の梅よ枯野
卵を生む鰆や金で象眼
片思い男と遊ぶ歌留多かな
ビー玉の殻に星飛ぶ夢の空
初恋や筆の先聞く春の雨
天涯や鏡にこきょう月の出
時計は一時中止し凍滝
壮麗なページを開ける初暦
如月や姿見の中の嫦娥
赤蜻蛉の目の光の美しき
雪男や雪を襟巻に舐める
髪に沿って頸をくだる雨水かな
静かな液アルコールランプ火事
壁の隅すいよの花小正月
お花の謎を解く蝶の思い
青白磁の酒器を持つ細螺かな
風光る瓢箪から駒千里
薄氷消ゆチューインガム一片
花の朝とくとくとして馬騎初
愁思を緋い鰓に見られ寒鯉
玻璃の春や我が目も透明になる
寒さが玉にしみる冬月かな
朝寝して血筋の緩やかな流れ
岩燕や巣の月満ちて切り岸
麗らかや左手に日と右手に月
寒の水へ行って帰る影法師
追い風や銀龍に乗り天の川
初雪やウェディングドレスかな
蓮の葉のかげに隠れる蓮の花
新顔や朱汗を流す蓮の花
潔や肌の雪がとけた無声
冬凪や暖かいてミルクティー
暖を取るてにミルクティー冬凪
春愁や猫を抱って話美人
石仏や影をも通す松の露
忘我のエデンに入る勿忘草
蟄居の日に青山河を描いて染め
一寸の松も未来の棟梁
宝船平清盛の雄姿
元日唐太宗華服着る
ワシントンの像を建てる四方拝
日永し泰山の頂に身を置き
春竜胆の一本動く天下
如月やしら拇印をおす闇の夜
如月や竜の顎の下の珠
銭塘江の潮の立ちて旗かな
鴛鴦や彼此の名を呼ぶ水しぶき
枯園に羽を与える猶予の人
指の甲の隙の泥小春も有り
名月や母の膝に物語を聴く
夢波や風にくうせん鶴の嘴
夏川に白嘴の映りや黒鴨
夏月や鴨を見ずただ黄の嘴
岩鼻や宋画を掛ける万軸
凍手や一対か枯葉が紫
万籟が一斉に歌会始
鶯や管楽器で伴奏する
ある青葉のみゃくの木のしんの地図
タバコを消し忘れ秋夕焼かな
蝗や草を擦って音を発する
虫売の隙から微光がさすかな
開戦日眸子銃眼のごとし
ごきぶりの卵が散る薬瓶かな
夕べ火鉢に炭をつぐ鴉の巣
琥珀の光沢の古きよ名月
酔顔や上元の日の灯籠
海女の子宮深し真珠の門
あの赤蜻蛉も高しヘリコプター
小悪魔を海へ逃がす飯蛸かな
氷柱に水銀光り寒暖計
名古屋の半分の寒の入り夜月
美人や壁の琴と話す春暁
麗日や点睛を欠く初山河
弟子の袈裟に映る石仏の影
不屈はほっそりした姿青竹
朝寝せり『紅楼夢』を枕として
一片の唇の朱梅早し
薄氷が張ってその小池の窓
和風や桃色現す恋の浪
青塚に蕨食べれり月蛹
この麗日は彩蛹の如し
出日彩蛹の如し
ぶらんこに乗れり残花又一輪
掌の中に動かず秋の蟬
冴え冴えした命毛も凍結かな
香水を溶かして春の静脈
枝先でゆるゆるとくつろぐ嫩芽
秋時雨は無線信号を消した
探梅や高士にも美人も会った
花吹雪やむかしの人今何処
露の精霊が一輪草舞う
青蜜柑に多くの弦月が有る
宝剣は春塵で覆われた
梟や目薬をさす露の珠
湖龍の筆もこうしょくだ
元日やのぎ隠さず龍の角
筆始め俳句が紙上に浮かぶ
ふしぎ狐は灯籠を提げていく
南瓜や灯籠の明け南の国
賀状書くただ一の福字が好い
網の目から逃れり春星かな
柳絮飛ぶ低空へ白蛾かな
春日影やあちこち転がる目玉
宵闇の果ての隕石に近づく
お筍や孫悟空の如意棒
筍や千代に八千代の龍孫
玉葱や八つ重の水晶宮
居待月常盤の指の腹の紋
青竹や気節を持つ濁世山
片栗の紫外線にある花の日
咲かす白桃は橋の袂に伸び
夢筆の命毛と生身魂来る
歩一歩と影に近づく秋遍路
こ複眼に見る桃源の遠足
招かざるかたつむり温め酒
残る蚊のからだにわたしの血が有る
ろうそく明らかに秋の蚊帳まれに
眼じりの皺を拡げ蓮枯るる
秋虹を漫ろ歩きする仙女
色変へぬ松や忘れ美少年
寒声や蛇口をひねって開ける
朝寒し歯間から薄荷味かな
ひと筋のお磁針や蝌蚪が尾をふる
陶磁に朦朧と蘆角が浮かぶ
三日月やかの耳たぶに玉の汗
好色の来て色鳥隠れけり
四つ角に煙吐く汽車夕冷え
凍滝一時万物静止中
凍滝や何無情崖の涙
花吹雪鼠の裸おどりの夜
白月に返すべし鰯の罐
小寒や美味に飽くカステラ国
初恋や長髪の春瀑の如し
花埃空山へお布施を上げる
秋気澄む流行歌耳を透く
崖の間に白糸吐く蚕瀑布
瓜坊酔って玉帯が風に靡く
元帥たるもの肥えた牛蛙
卯の花や水溶す塩の跡
春光や水に詞を読む玉の城
行水にみを隠す白滝かな
暮春お橋からへき水流れる
静かな目に田舎を揺る小屋の秋
鳥消えて羽音が遠い朝曇り
露の珠に牛の映り草青む
牛乳や白色の冴えに耽溺
ビ—ナスに手の美が見えて髢草
初冬の雨を思い出せないんだ
夏の夜へ蕊が風で動く煙火
麗日の口紅を点す天女来
天道虫身に星辰序列あり
近き鈴の自転車やこうてんし
青空に彫り弓を掛ける秋の虹
帆の風を得たるが如し秋潮
秋日和衝天一鶴気勢高し
秋宵君の心の月の如し
二三角露馬遠の秋山
貴人忘れ物紫式部かな
夜光の珠が湧き出す海月徐徐に
紅梅や雪抱いて靨の縁に
人魚姫の鱗が光る花霞
初句会二十四橋玉人立つ
初句会座中一気呵成三千句
その髀肉の嘆を発して馬肥ゆる
忘れ雪むかでの足が軽いか
馬追が百代過客重なりぬ
春潮の起伏の声洗濯機
良夜かな到る処に真珠あり
朝顔に近づいて吾近視かな
桐一葉石仏の手に横になる
行く秋の木の先は雲を指す
小悪魔の目をむいて怒る枝豆
枝豆の莢むいて小悪魔怒る
乾鮭や十字架を負う炭の火
金柑や地蔵の手の中の宝珠
やや寒し徽墨を擦る徐徐に徐徐に
九月尽十月の第1ページに
十六夜や玉の小琴の弦の波
新玉の竜を描いて日の瞳
新年や巨竜を描く日の瞳
新年や天竜を放す金籠
壮麗な絵巻をひろげる初山河
麗か一筋の五彩の命毛
大初日一面の太鼓の如し
緑ひげ隠元豆の棚に竜
玄奘の乗馬が昇る龍天
無花果は腹が張って小妊婦かな
蓮華舞う緑衣を着けた天女
朧月回って菩薩荘厳す
鐘供養夜の松の声より広く
花杏仏子の心をうごかす
薄氷の浄身の置きどころがない
薄氷の音や観音の目に開く
鶯菜葉の声々又雨か
遅桜天女を長いこと待った
暮の春や早く来いよ夢中人
花辛夷や月下老人の筆筒
殿堂に百千鶴来て集まる
夜食竜が生臭い涎を流して
昔からの美少年に逢う春社
新しい潤福の画へ春めく
朧夜や文殊は獅子に乗って来た
観音の目にちりを拭う秋の水
雲峰や掌を合わせて神様だ
鳥雲に浮世は手掌の鉄鉢
玉顔を半分に遮る団扇
新年や新月を踏む馬蹄形
片恋の小春愁や目で知らせる
夜月回り舞台を踏む初蕨
窓紙を細かく破る吹雪月
水仙の坐す波中錦鯉
春立つや壁紙の換え四面花
海棠や淡い色の月香をたく
黄葉や深く呼吸する秋風
竹のすだれを巻き上げる初笑い
引鶴の雲のきれめから日がさす
一枝の玉が傾く雪花落つ
点滴が一滴落ちて雨かな
歯の跡の近づくたにしに流りけり
雁の近 づく寒月に帰りけり
観桜や乙女の頬が真っ赤だ
蜂房に唸る蜂刺毀れけり
飛行機の砕片が浮く花杏
白乳房の起伏を見て朝寝かな
春一番酒屋看板落花がある
霜柱樹々は屈折した絹糸
茶卵や熱い殻をむく蝉声
啓蟄の虫の音の美しい夜
山風や樹のすすり泣く落霜紅
寂しさや夕陽が沈む枯柳
上弦の月が交じって夜の歯朶かな
行春や電波にのせて花の音
青空に月井に影にお水取
土星の輪を仰ぎ見て夜空澄む
行く秋や国が傾ぐ忘れ金
仰向いて樫花の小さな子供
木枯らしや鉄のよろいをまだ着てる
牡丹散って幻の国が傾いた
晩春や風雨落花多へ庭を掃く
露の世降り幻の国へ立つ
蚯蚓鳴く指節しくしく痛いよぅ
明日くる李白の髪が蓬かな
病葉や煙草を吸いすぎての肺
十六夜の巻は散乱して月光
ぬれた手で樹皮に触れて雨月かな
止まり目に入って大空の皸
若水に花びらのような唇
連翹や牛に掛けて銅の鈴
小林や歩度を緩めて鷽の声
軒下の雨滴か夢の秋寒し
若駒の行けども凉し草の露
払暁や花心が裂けて春の霜
細螺ただ時間をつぶす水の国
亀鳴くは酸素ボンベの栓をぬく
鼓虫は時計のねじを巻く徐々に
錫杖を持って待宵の行脚僧
熊吼える闇の中ども樹々を裂く
初富士や縹渺たる小舟横に
梅ひらく美人の横に腰かける
青の袈裟を掛けるや春の連山
白詰草は蝶の臨時の飛行場
誘蛾灯仏の慈悲の目が閉じる
蜉蝣生は今日しかし死は今日なり
鮫人の涙が凝って夜の珠明り
清水のむ刃や寒し玉の峰
月や梅は鏡を見て薄化粧
鶯や竹には二三羽を逐う
泉声や聞こえてくる空の山
露な肌より涼し月の出る頃
夜の故人を訪ねて八重の雪国
影法師や碁盤に寄る夜半の秋
春崩れ花が飛び散って風も朱
月映る春瀬の跡は馬蹄かな
春の夜の夢や猫なで声を出し
花見人の善さは花比ではない
綱渡り生涯を過ぎて糸遊
朧夜に蝉翼薄し樹の肌着
清明や昇天の気あり龍山
春天女は履を穿つ芝青む
あち寒露を吐いて天の食かな
北窓を塞ぐ水差しの耳熱い
玉帯に傾倒しているや銀河
歯の動きこそこそ話麦青む
不精して瞳を凝らす春の昼
春の渚の船が傾ぐ鳥の羽
千鳥足で歩いて帰る大雪
両輪の花の顔初鏡
月を眸子に溶かす
引鴨や左右に揺れる歩き方
蓮の根も露にする春着かな
東風がしずまる木をきちんと正した
さくら咲き人間も何も忘れて
青山河龍鱗に覆われている
猿酒や我を忘れて青い月
玉石の温度が上がる寒晒
河童の皿を洗う月や田螺鳴く
濁り酒ひび日と月ほどの違い
青筋を立てる大地に木の根明く
春立つやまがもは岸へ泳ぎ着く
ぼうこくの音が瀰漫する吹初
白酒の痕を見て乱れたころも
愛鳥週間流れ光陰羽のごとし
遅月や双峰に置くうちわ差し
葦枯れる前の座席で舟をこぐ
旧正や爆竹の音を続けた
梅干して一つ顔に皺が寄る
朝寒や荒れた庭にも輝く
枯蔓の欲が裸体につきまとう
懐の書に玉巻く芭蕉なみ
白昼に城市を消した霾ぐもり
小天地は無情なものだ紙風船
青簾に月が映える影法師
あの色はつるぎに近い秋の川
氷山の一角の突き立つ冷海
光陰矢への思いやり楪や
涼しさを感じられる小種浸す
門の外に細雨がやむ青山河
後遺症が残った患者余寒かな
自転車の轍に入って秋近し
寒卵にひびが入って朝日差す
旧へ戻る半額切符や初旅
たいざから彼此が無に帰し夜寒
雪柳散る何処も同じ真珠径
人の波流れのまにまに萍
星月夜水晶占いよく当たる
一夜君と語り明かす大地凍つ
緑藻の海が傾く緑夜々
夢現のような胡蝶訳者かな
薄翅孵蝣の動き出す声帯
びんが倒れたので起こす秋時雨
除夜の鐘が止むまで待つ八重花火
正月の凧が高く飛ぶ白鳥
峰寒し秋の歯並びがきれいだ
凍滝や何時しか凝り氷馬
かるがると舌尖の滑る福茶かな
月のない淋しい夜道囀れり
山帰来の鉄騎が势ぞろいした
青葉や葉声前後が呼応して
秋蠅へ残兵が流れる他山
桜田門外の変を聞いて囲炉裏
若虫ぶるぶる震える鍬始
地下鉄が急に停止した茎立ち
青桃やにきびをつぶす指の跡
鵙猛る急に視界が開くように
開戦日封建制度が崩れる
慈姑掘り開幕のベルが鳴っている
捨て猫の雨に濡れると寒戻り
月が残る銭塘江に観潮
空っ風その紙飛行機の行方かな
月が満ちる富士山頂初明り
足の振り鴨川踊時差ぼけや
引っ切り無しに公魚が通る銀箔
かぶとむし角と淋しい青みどろ
左遷して何処へ行くか今朝の秋
牡蠣のからにしんしゃを置いて歌姫
桐一葉三船の才に浮く月
朗々と「梨雲」を読む秋の灯
杜甫の詩の嗜みのある僕も痩せ
秋風や金の衣を着けた峰
木枯らしや禅定に入る虚雲
柳腰に帯をしめるや楚の春
放生や来世で会おう秋鰻
金襴の落花の流れる搗布かな
乳离れの牛に向かって別れ霜
写真機のレンズの換えか青薄
紅葉茶屋に生きる紅葉泡が立つ
アイスホッケー心臓が激しく鼓動
招き猫の小手が揺らぐ淑気かな
ぽつりぽつりと念珠を回す蝌蚪
天高し空路千葉へ飛ぶ雲飛ぶ
八重桜桜一輪一輪に
西行忌お和歌とお経に月に日
蕨餅や日が転じて尖る指
暖かや花心が裂けて鳥の声
笑初して意中の人の細目から
大青田極楽浄土弥勒来
暁や白き波透く霧の舟
牛蛙大腹を曝す弥勒か
片片の緋鯉の鱗や羅
大仏身に在る荘厳す田の色
川上に一月一日の青い山
大峰入霊山に遊ぶ本尊
蟻地獄きちんと座る地蔵かな
寺の中南無阿弥陀仏涼新た
天地一重を隔てている重ね着す
黒蟻や私は不思議がる巨人
如是我闻生老病死桐一葉
残る雪大千世界に念澄む
露寒し逝く葉に受ける舎利かな
雁渡る般若心経を返して
出開帳や诸大弟子に袈裟青む
花瓶に恥ずかしく思う花青木
秋一日読経三昧二三沙弥
暴雨が碗の内に跳ねる石蓴
青鰻滑るように出て地下鉄
青麦に諸大菩薩と遊ぶかな
熱燗に義気が充満して天地
伊勢海老は赤い鎧を脱ぐような
風向や靖国祭の日章旗
天明の祈祷はしずかに通草
反射鏡に像を砕く立葵
薄手の紙の上の紋や藍の花
銀河系牛乳中に浮遊して
剃刀や髭を剃る青い胡葱
遠き山の霧の松や大朝寝
麻を植ゑ日数はざらざらしている
赤い舌の砂で磨く姫浅蜊
揺曳は舞姫の体花薊
日輪廻や明日葉の影を移して
蘆芽や千代野の十の指の先
藍を植ゑ童話王国に染め城
早立ちや蘆の若葉の露うごく
花馬酔木飛天の耳輪きり垂下
氷消ゆ障碍を破る聖人
大海に入る片片風花す
聖人の目の波淡し冬の磯
凍滝や聖人になる水静止
恩に着る初観音や瓶の水
蘆焼くや千本の蛇の舌揚がる
箭を借るすぐアスパラガス草の船
アズマイチゲ弱小国される者
国の春や大聖人が世に来た
明月浮かぶ二三本吾妻菊
暖かや大聖人が現れる
畦塗りの日に閑吟の牛喘ぐ
本開けて紙魚は日に当たる暖か
アネモネや歳月不待枝を折る
牛尾の振り四方へ飛ぶ二三虻
海女の笛を抱く台風の目に寝て
甘茶仏名も知れぬ善男子来
大朝寝釈迦牟尼涅槃図寺壁
雨月夜の三十六峰が濡れ色
ひょっとして小硬貨が落ちる亀の鳴く
急げ一波わずかに動いて鮎汲
お上師の前に額突く花杏
大海に墨汁一滴や飯蛸
膝元へ泳ぎ着く愛玉筋魚
緑や密勒日巴の肌透く
開戦日天兵が降る虎の巻
伊勢参八咫鏡が飛ぶ夜空
啄木鳥や木魚の音を聞く空林
原爆忌人間地獄図展開
筆下ろし糸瓜図客観写生子規忌
氷層下の魚腹へる冬深し
天女来『十万歌集』謡始め
真胸から海潮音や磯遊び
赤壁の戦い跡や磯竈
夢から出て放浪して磯巾着
息白しの鼻が通る気息音
鼻先に垂る鼻水より寒く
逆浪や藍色に泛く磯菜摘
千歳の寿老人が立つ虎杖
童話作家結婚紀念日花苺
胡桃硬し虫歯の根の痛みかな
百年の銀杏の花や又一人
花瓶に一輪草は曲線美
凍ゆるむ一両電車の窓越し
日と月の二重螺旋へ薯植うる
青饅や四次元へ入る魚の霊
月冷えの羽音をたてる岩燕
一書一人一葉一川や魚島
古池や銅銭錆つく萍生ふ
鴬や鳴き声を聞く別の道
鶯菜の熟れる田舎の犬呼ぶ
少年や鶯餅を一口に
戒律を破るな五加木の誘ひけり
大瀑布天女の海髪が垂下する
腹を立てて立ち別れる牛蛙
軒下の乞食の声や雨水の夜
残る氷カラーコンタクト眸子に
天の雁が行く十七文字一行
鷽姫このように孤独な生涯
犬ふぐり盲導犬の嗅ぎ星夜
清朝の橋の欄干に残雪
独活の根と立体家系図地下にあり
海に浮く紫雲丹や絹の中
夕焼け海薬師如来の焔の網
ガスの火を弱くする藍苜蓿
厩出し一日千里の勢い
海明けの夜重く裂けて亀甲かな
梅一枝昼夜兼行洛陽へ
観梅や天下第一の吾立つ
遠山に一片の雲や梅若忌
麗や彩雲万朶同じ天
煙雨中四百八十寺法師
若夏や大日如来に近づく
瓜坊の雨粒の碧鼓かな
魞挿す野川の手掌月白し
遠足や馬蹄雲踏む水の峰
ぼだっと雨粒がスイートピーに落ちた
額上桜桃の花月粧す
黄梅や指と指の間漏る月影
清風に繊腰揺らぐオキザリス
日光に毛のふわふわした翁草
遅桜万朶山中大歩く
酸素待つ糸缲草の弱の息
松風や鹿の角落つ月高し
伊豆七島荒波退いて朧の夜
朧月日本海上船迅し
つるべ縄で縛る小蛇お水取
御身拭仏も埃惹く浮世
大石忌の刃渡り義士の魂
千尺の糸吐く一寸の蚕や
昼間の石仏眠る開帳寺
傘暫し畳む海棠の花咲く
乙姫の貝殻を吹いて貝寄風
白し舌の言霊吐く花楓
楓の芽へやの空気を入れかえる
遠蛙や朝一葉に露泳ぐ
遠蛙や浅い川に月泳ぐ
雁帰る伊豆の山山青し波
垣繕ふ酒携えて隣翁
後影から視線を逸らす陽炎
海映して目の渦巻は風車
黄昏や樫の花の咲く歩道
哀愁の岸に一人は搗布かな
大海の心臓が激しく鼓動
大脳の肥えた土壌に果樹植えん
川越えて諸神の巨足や初雷
天光る春日祭の雲開く
枕上の一片の春霞かな
数の子干す子孫の目がうるんだ
風光る蜿蜒長蛇よう山路
片栗や静かにレンズをしぼして
五線譜に於ける音符や蝌蚪泳ぐ
電線に停る鴉の音符かな
鐘供養天地の鐘は一回撞く
花粉症大自然の美の副作用
洗濯機の回転の音亀鳴けり
風や万葉が騒ぐ
舞妓出る鴨川踊や浮世絵
風立ちて髪靡く青髢草
芥菜や風は暫時に引退し
烏貝が徐々と閉じる夜色かな
暁光や金を鍍金する鴉の巣
枸橘の花一輪は色褪せる
一筋の秒针の音や行く春
寒明けの美人の手掌がつめたい
家中に洗濯機開き観潮
雁風呂やお経を晒す海岸に
一番の木苺の花目の前に
秀口で名句を吐く晉翁忌
体内の清香溢す菊根分
金色の肉髻湧く菊の芽
玉盤に細螺一つや月の峰
如月やコインが落ちて池の底
雉子の鳴く新幹線に乗る朝日
牛の背に坐る牧童雉笛吹
黄水仙木の窓枠の片の月
梅花祭小枝挿し立て微風吹く
涼風や北窓開く松の月
山の影迅く川中の木流し
紙飛行機が急停止し木の根明く
嬰児の喜びの色木の芽和
非や我が身を三省す座禅草
軒下で我と木五倍子が雨宿り
球根や地蔵近づく因と縁
旧正や万家の門の春聯
競漕の彫る龍の首を擡げる
流觴や彩筆を返して罰杯
静は花也動は鸟也虚子忌
金盞花故国十年帰りけり
金鳳花馬を下りて丹山かな
義士祭の夕陽を指れて石碑へ
御忌の鐘の寒きを聴く雨青し
茎立ちて独り釣る銀の湖
真夜中に燭を剪つて枸杞芽かな
緑の歯生える地面や草芽時
草餅に歯が抜けてお矢真白かな
草若葉緑唇が私語く
再拝や今日の鞍馬の花供養
花びらがお眸子へ飛ぶ暮春かな
袋からクロッカス撒く花の精
お往事は煙の如くゆれた桑
慈姑掘る小雨決行へ計時音
小白龍が動いている蚕飼時
隣村の桑摘女の竹籠
桑解くや畦道へ行って不在です
啓蟄やぐらぐら動く虫の足
華鬘草日々恋人よ心吐く
建国日が氷のように冷たいか
卵殻破って憲法記念の日
紫雲英して方角違いの方かな
幻氷下ギヤー回転が鈍いか
扁舟や緑茶一葉光悦忌
春光や万里長城一歩二歩
霾や迷宮如く紫禁城
紅梅や口紅一つ唇に
お背中を上下に撫でる浮氷かな
穀雨立つ針孔一筋の糸通す
扉開く連呼ぶ声や小綬鶏
木の幹の気や炬燵を塞ぐ真夜
車馬一つ逃れて東風や古い道
こでまりのはなからおとをきいている
木の実植う昼過ぎて日が強いです
山旅や体が疲れて木の芽風
毛筆の運びがおそい花辛夷
震度六水族館の子持鯊
子持鯊が泳ぎ回る震度六
「山家集」をダウンロ—ド西行忌
サイネリア重畳効果写真かな
冴返る眼鏡の上の涙痕
囀りや銅の蛇口の水の音
佐保姫や愁思に燃えて宵の灯
今宵嵯峨大念仏や清涼寺
さくら咲く患者に輸血をする時
浅い瀬へ桜鰄や花の色
桜貝を洗う指の腹紅し
桜蘂降る少年遙かに指さす
桜草懐中時計は十時
水中に沈む一枝桜漬
快楽やお袖をまくる桜餅
深海や時計のねじを巻く栄螺
大地下の雫転がる挿木かな
掌に白羽を置いて実朝忌
ししゅう針が落ちて一つ針魚かな
黑夜の目玉よく澄む鰆かな
三月や千尋の山に登りけり
髪結ぶ三月十日好事かな
山村や思いがかなう三月菜
歯の揺れと聴いて地震か西東忌
何人の美しい声山帰来
袖口の山楂子の花密会か
仙女舞ふ黄金造りの山茱萸
辛海に舌を沈める山椒の芽
六朝の雲霧の窟に座禅草
残花残照山河幾度干戈かな
残雪やちょこちょこ歩く足の音
海秘密明るみに出た潮干潟
海神が太鼓を叩く潮招
美しき江南四月草青し
四月馬鹿審判を待つ閻魔堂
樒売宇宙を入れて飛行船
酒を煮る千里の波や蜆舟
夜空飛ぶ円盤発光蜆汁
草萌や土壌封鎖を突き破る
水面へ枝垂櫻や渡る風
草木瓜悲しみの月丑三つ時
芝桜じゅうたんを敷く結婚かな
芝燒いて美人薄命多少かな
清光や時間を止める霜くすべ
石鹸玉山は一角が残っている
火珠吐く龍遊びて夜お松明
春陰や湖心の波に皺が寄る
少年が緩緩と行く春菊
春暁や千紫万紅猶夢中
春月や樹下に女官が爪を切る
春光や峰の続きに青い釉
春社図天下太平を迎える
春塵や唐傘をさす朝の雨
春愁や古急須から緑茶出し
秋山や放物線を描いている
水際や春潮を踏む玉の足
春泥や橋で故人と会いました
春闘の宝刀を抜く威風かな
春分の三千客や酒の席
春分の日の小の麦や一寸金
百花深処一僧帰や春の風
天の風飄々として春服や
驚きの鳥飛ぶ春の雷を聞く
春愁や五臓六腑の乱に及ぶ
春睡や涎を垂らす桜口
春蘭や一幅八大山人図
聖霊会遊客が散る雲崩
松露や師傅何処やらに深い山
四つ辻を渡る一人昭和の日
植樹祭常緑の夢充つ心地
白魚に溺れて月光一寸かな
皮を剥く一身が痛い白樺
白子干し海の記憶を呼びおこす
乾杯や白酒注ぐ大勝利
壮観や蓬莱近く蜃気楼
地虫出て地下王国が覆る
アルバムに十三詣写真かな
大試験一位を占める得意顔
十字架を現す月で聖土曜
常楽会前半生の髪を剃る
法華経を読む尼老いて沈丁花
風吹いて歯の跡残り酸葉噛む
風浅し接ぎ松を噛む青の虫
杉花粉マスクの中の深呼吸
末黒や万年筆に墨つける
鈴懸や紅鈴揺るる金の舌
雀子や誰は命の恩人か
忘れ羽や一つの空の鴉の巣
巣立鳥卿の帰りを待ち望む
方寸の地は暖か巣箱かな
大粒の墨が漏って濃き菫かな
花李自ら称す我は李白
涙拭く聖金曜日十字架下
誓子忌や雨中の句碑を読み直す
茶揉み波の起伏を見て鉢の中
清明や先祖の墓の青の煙
釈奠や聖人は一夢の中
川流れ二分の月や芹洗ふ
薇を食べる山中争はず
只だ光有りて早春の目を開く
卒業の涙を吹いて去る夜風
暁に見る剪定の枝の月
蚕豆の花を語らず初心かな
諸葛亮天下三分春田打つ
鷹鳩と化す孤独な樹影深し
山王祭や清涼に待す月一輪
春耕の田は方眼紙の如し
多喜二忌や共産主義者の墓碑銘
啄木忌一人心事日記を書く
一節を軽く敲いて竹の秋
万丈の糸を握つて凧揚げる
立子忌や鉛筆削る木の末
達治忌の携带电话無信号
吾四周言論自由田螺鳴く
穴へ向く大地の種の薯一つ
種子撰ぶ種子の胸中の志
種浸し夜の河浮いて星無数
一束の金の光線種を蒔く
日光下に七色の花種曝す
たらの芽や入れに鉛筆1ダース
蒲公英は精霊たちの小白傘
花大根燃えている山の峯立つ
万華鏡一つ山河の花種まく
天空に暖炉の納む夕陽かな
萵苣を削ぐ透明になる生身かな
春遅や自転車をこぐ輪の光
春日遅々橋下の波が甦る
鬱金香雨の合間に傘置いて
暁夢を追って蝶は虚脱感
雲上に碧目が回って茶摘かな
仲春や蛇の前世の縁結ぶ
骨折して一時の接骨接木かな
万人が肩を並べて父子草
椿寿忌や五色の毫の筆一本
筆筒に筆を重ねて土筆かな
眼病や一片の模糊と黄楊の花
蔦登る休暇愿いを提出し
青壁に無声映画や蔦若葉
躑躅咲く隣の国との境目
角叉や明るい感じの海面
椿山は香炉の如し煙立つ
空に浮く薄月如し椿餅
扁舟や銀を満載して茅花
燕尾や鋏の如き雨断つ
雨が漏る杜甫の草堂の巣燕
壺焼や不平を鳴らす殻の中
摘草や黒髪を曳く朝の風
田楽を買ふ人の波の一人
空襲忌全身血管破裂する
地平線の半分の日青き踏む
失禁の夜に邪魔入って土佐水木
友二忌の原稿用紙夢を裂く
闘鶏や眥決して主人立つ
青空や点線を引く鳥帰る
鳥貝や扇子で扇ぐ浪の声
鳥雲に墨の液は紙へ移動中
鳥曇り空虚な殻に思想かな
羽毛状雲白一色鳥の恋
鳥の巣や夕陽を受けて鐘が鳴る
満天星の花の白さや白日夢
松囃子天花散るなり人の世
植木市光の走る一直線
苗木植う硬い鉛筆直立し
不揃いな青卒が立つ苗床に
苗札の皮膚の一寸は孤独かな
中庭に一樹の玉や梨の花
白月や銀貨を返す花薺
綿綿として日を忘る菜種梅雨
万輪の白の泡沫雪崩かな
夏近し風に暦が翻る
夏蜜柑少女の顔が赤く為る
菜の花が動く一片の金熔かし
木碗に丘じょう朝の菜飯かな
厚い胼胝が生る半生苗代田
明月や真珠を剖く二月尽
腰痩せて二月礼者は曲線美
逃げ水へ減速中の電車かな
青海へ鰊来往一つ杼かな
夕焼けて連鎖反応蜷の道
入学の黒板の字は蚕かな
退屈や白き歯を嗅ぐ韮の味
接骨木の花が咲く衣服一角かな
蒜を剥く狼の牙白し
喉の上から下へ滑る軽い蓴
玻璃の上を軽く滑る蓴生ふ
葱坊主小僧が帰る風の中
光桃少年美し恋の顔
足の音を聞く不眠の子猫かな
恋猫の夜中の声が美しい
猫柳目玉が動く水の月
馬藺恋歌を残して藍の風
大粒な珠降る月に寝釈迦かな
群の魔は一時逃れて涅槃西風
水流る菖蒲の根分け幻視かな
野遊びや口笛を吹く二三の子
一つ浮子動く春鮒釣り上げて
菩提樹下黙坐高僧長閑なり
富士山は一つの白い野蒜かな
魚鳞に日光が動く上り簗
ぱちぱちと野を猛焼いて火の夕日
夜の雲は一枚々の薄海苔
複眼の中の浮世や蠅生る
今朝に露が一顆の萩根分け
白鳥帰る天は一枚の藍紙
名月や一片の玉を軽く弾く
はこべらや静夜に入って月睨む
静夜女史一双玉手は蓮植かな
歳月の犁の閃光畑を打つ
江南の八十八夜の細雨かな
創作の筆先を焼く畦火かな
風力十斑雪を上げて山の国
花の間に不意を一撃つ蜂逝けり
稿を焚く八十八夜の煙かな
初午や一帆を消して水波紋
初桜動く灯油に浸して火
彩色や美人の肩に初蝶来
熱烈な恋をしている花の山
妖が跡形も無い桜烏賊
風処処に花換祭の香濃し
舞姫の霊魂が出る花篝
花曇り秘密を漏らす花心かな
深窓の心の寂びし花衣
千万の霊魂透けし鎮花祭
街に降る残月淡く花蘇枋
鳥が出て一片紫花大根
記憶して一秒一分花種まく
日の峰を越えて影曳く花疲れ
花菜漬屋から月光が流れ出す
花韮や一筋の葉の雨の痕
花盗人の磁性の声花揺らぐ
念頭の一つに置いて花冷えす
桃色の夜の帳透く花筵
桜守脳裡に虚構の山かな
海明けの太陽浮いて目玉燃ゆ
蛤が涙流して炭红く
瓦立つ孕雀の日の照り
針の穴を穿つ月光針供養
寝姿の仏像の春睡余かな
網膜に地球一つの春浅し
この時の四方八方の春闌く
漂白が効果的です秋の山
感覚や秋山々は漂白中
春暑し夜空墨跡残っている
液晶の体に触るる春袷せ
春一番天気予報は進行中
字を崩す樹は筆に似て春大雪
日々樹上傷痕添うて春惜しむ
春北風一城が寝る街の灯
白紙に「白」の一字の雲白し
春炬燵一つの月の上に寝る
春雨や青雲橋に君を待つ
料峭や夜に瞳孔の墨を打つ
春時雨夜の傘浮いて低い音
春ショール日は赤珠が滲み出る
美しい玉月照る春田かな
透明な静脈潤む春愉し
灼熱や劫火の中の春大根
心経の心の明り春煖爐
一髪にお雲脂を残す春霰
毛筆を染めて峰影春入江
千万里春風得意馬蹄疾や
海神の碧き目が澄む春の海
盲人の手で触る春落葉
春の風邪水流る日の寒さかな
春鴨の頭を浸す碧い川
春蚊出て獣夢を掻き乱す
春の雁青空万里一行詩
一筋の玉帯残る春の川
仏像の倒影動く春の波
水面の抽象の力春の杭
春草に日没か一滴の血染まる
春雲を踏む観音の足速い
春の暮不治の病は相思かな
山国にのんびりと鳴る春の鹿
古剣や青竹を削ぐ春の霜
水面に月光薄似て春蟬翅
春の空紙飛行機が低く飛ぶ
一筋の筍を剥ぐ玉の指
春満月徒溢清輝窮相思
春鳥が啼く声声は窓紙透く
春怒濤金剛力を出す獅子吼
春虹や一時に消えて雨後の橋
春の野の草の一寸の青さかな
春の蠅紙上一つの汚点かな
一寸又一寸の光の春の日
寂寥は一夜春燈夢を見る
天近く春星摘む玉の峰
春の水日の水月の水かな
点点と二三行人春霙
春山の汝対冬山の我
清涼の一瀑掛けて春の闇
春夕焼炎魔长く影を曳く
春雪の纷纷として国境
春の夢生死愛欲解脱也
春の夜の観音化身白衣着る
頭摩る無邪気な小僧の春宵
春の炉が傾く夢に火傷かな
春疾風夢から蹄の音聞く
透明な雨粒触る春日傘
春火鉢魔舌を吐く赤い炭
春祭神の咳の一声
一樹碧蝋燭の如し春兆す
春休み空気人形無表情
日に一つ小鐘を覆す春竜胆
霧傾ぐ幻に見る榛の花
薔薇の芽を浸して雨中の心音
金塊を地下に埋めて馬鈴薯植う
バレンタインデー天使の翼垂れている
晩春や小波散つて翅の掠る
鋼管下水滴序列彼岸過ぎ
銀屏風立ててぴかぴか山眠る
彼岸会の心音に似て木魚打つ
眼愁ひ朝に夕には彼岸桜
水かきの音の流れの鴨帰る
白墨の跡消えて白鶴帰る
銀漢や夜の白墨の跡を引く
銀河がマグネシウムリボン燃す
雲霧窟石佛坐禅去年今年
初日影錫杖一つ鐶動く
月氷る水晶に似て己が影
蘖や遠山脈の美しき
夕日、月、山を重ねて御菱餅
蒸気ある小皿一枚鹿尾菜かな
塩をする干鱈が痛み骨徹して
白雲の纷纷として羊の毛
砂浜に海星を描く五角形
荒波や夕日を浸す人麻呂忌
残月が湿る払暁一人静
歩移して月光従う雛の市
雛納め人形の国の旅人
目の痛み光直刺し日永かな
暁光や獣毛抜ける雛の菊
雛流す紛れて喃語の水音
落日は金子の如く遠雲雀
花瓶に風信子根が触手引く
花瓶に灯が瞬く風信子
海面は藍玻璃を裂くビキニ忌
眼差しが富士山へ伸す風生忌
紙風船景色を惜しむ天の風
蕗の薹無人地帯へ遠足に
香溢れる雑踏の巷の蕗味噌
朦朧と髪一筋や月の藤
葉の上に羽衣を穿く二人静
夕波に十字架投げて聖火曜
波触る月に似て鍼春の灸
無人駅一陣の香やフリージア
古草の青青として膝掩う
平等や等身像に花御堂
沈黙の樹影が移る鞦韆に
蛇穴を出て心電図波形かな
電球の懸る如くに夜満月
金染める朝の光よ香水木
月遍路一塊の一塊の舗石
ひと匙の塩を持って雪嶺静か
菠薐草多くの味蕾の騒ぎ夜
頬白の忽ち消える枝を立つ
白皿に臥して無夢は干鰈
点点と光の海や蛍烏賊
空腹の夢を出て掘る防風か
木瓜の花玉肌少女熟睡中
楊貴妃の朝の目覚めや牡丹の芽
競漕や水を近づけて竜泳ぐ
的を射る青矢は池へ真菰の芽
虹鱒の群れに緋色の渦巻
山頂の半月白し松の芯
松毟鳥光って一条日矢銜へ
海底へ沈む忘我の桜貝
風が吹く参差の垣の豆の花
木の柵の光の痕や豆の花
暗い香が傾いて月の金縷梅
海渡る万竜の影空海忌
水草や玉鏡拭く湖の風
空腹の記憶の水菜の味かな
一心に心経を読む息白し
水温む鳥羽を洗う雲の影
退屈し三葉芹煮て村の雨
三椏が香や廃屋に残る夢
双峰の巨翼垂れて緑羽根
樹影踏む八重の緑や昭和の日
水口祭哀愁の田に残る幣
碧峰や髪を束ねて順の峰
砕玉の如き小川が流氷来
風恨む李賀の詩嚢へ柳絮飛ぶ
立春の病中吟や一詩人
夢醒めて天涯孤独飛花落花
三千の柳の糸や髪を切る
戸を開けて乙女の顔や桃の花
電影に銃声を聞く余寒かな
人間や引力による花吹雪
行く春や春色碧い潮が引く
一片山焼きの丹月が昇りくる
全身の毛孔を開く春風に
段段になっている梯雪解川
枝を鳴らさず国栖奏のごときかな |