一.旧正や万家の門の春聯
二.目の痛み光直刺し日永かな
三.歩移して月光従う雛の市
四.塩をする干鱈が痛み骨徹して
五.月氷る水晶に似て己が影
六.雲霧窟石佛坐禅去年今年
七.水かきの音の流れの鴨帰る
八.眼愁ひ朝に夕には彼岸桜
九.彼岸会の心音に似て木魚打つ
十.銀屏風立ててぴかぴか山眠る
十一.鋼管下水滴序列彼岸過ぎ
十二.晩春や小波散つて翅の掠る
十三.霧傾ぐ幻に見る榛の花
十四.一樹碧蝋燭の如し春兆す
十五.春祭神の咳の一声
十六.透明な雨粒触る春日傘
十七.頭摩る無邪気な小僧の春宵
十八.春の夢生死愛欲解脱也
十九.春夕焼炎魔长く影を曳く
二十.清涼の一瀑掛けて春の闇
二十一.春山の汝対冬山の我
二十二.点点と二三行人春霙
二十三.天近く春星摘む玉の峰
二十四.春の野の草の一寸の青さかな
二十五.春虹や一時に消えて雨後の橋
二十六.春怒濤金剛力を出す獅子吼
二十七.春満月徒溢清輝窮相思
二十八.一筋の筍を剥ぐ玉の指
二十九.水面に月光薄似て春蟬翅
三十.春の暮不治の病は相思かな
三十一.春雲を踏む観音の足速い
三十二.春の雁青空万里一行詩
三十三.春蚊出て獣夢を掻き乱す
三十四.盲人の手で軽触る春落葉
三十五.海神の碧き目が澄む春の海
三十六.毛筆を染めて峰影春入江
三十七.灼熱や劫火の中の春大根
三十八.透明な静脈潤む春愉し
三十九.美しい玉月照る春田かな
四十.春時雨夜の傘浮いて低い音
四十一.春北風一城が寝る街の灯
四十二.日々樹上傷痕添うて春惜しむ
四十三.この時の四方八方の春闌く
四十四.網膜に地球一つの春浅し
四十五.寝姿の仏像の春睡余かな
四十六.蛤が涙流して炭红く
四十七.桜守脳裡に虚構の山かな
四十八.念頭の一つに置いて花冷えす
四十九.記憶して一秒一分花種まく
五十.深窓の心の寂びし花衣
五十一.妖が跡形も無い桜烏賊
五十二.初桜動く灯油に浸して火
五十三.初午や一帆を消して水波紋
五十四.稿を焚く八十八夜の煙かな
五十五.江南の八十八夜の細雨かな
五十六.歳月の犁の閃光畑を打つ
五十七.名月や一片の玉を軽く弾く
五十八.複眼の中の浮世や蠅生る
五十九.菩提樹下黙坐高僧長閑なり
六十.水流る菖蒲の根分け幻視かな
六十一.群の魔は一時逃れて涅槃西風
六十二.大粒な珠降る月に寝釈迦かな
六十三.葱坊主小僧が帰る風の中
六十四.蒜を剥く狼の牙白し
六十五.夕焼けて連鎖反応蜷の道
六十六.青海へ鰊来往一つ杼かな
六十七.腰痩せて二月礼者は曲線美
六十八.明月や真珠を剖く二月尽
六十九.夏近し風に暦が翻る
七十.万輪の白の泡沫雪崩かな
七十一.中庭に一樹の玉や梨の花
七十二.植木市光の走る一直線
七十三.羽毛状雲白一色鳥の恋
七十四.鳥貝や扇子で扇ぐ浪の声
七十五.青空や点線を引く鳥帰る
七十六.闘鶏や眥決して主人立つ
七十七.燕尾や鋏の如き雨断つ
七十八.椿山は香炉の如し煙立つ
七十九.暁夢を追って蝶は虚脱感
八十.春日遅々橋下の波が甦る
八十一.萵苣を削ぐ透明になる生身かな
八十二.万華鏡一つ山河の花種まく
八十三.花大根燃えている山の峯立つ
八十四.蒲公英は精霊たちの小白傘
八十五.種浸し夜の河浮いて星無数
八十六.種子撰ぶ種子の胸中の志
八十七.穴へ向く大地の種の薯一つ
八十八.吾四周言論自由田螺鳴く
八十九.万丈の糸を握つて凧揚げる
九十.一節を軽く敲いて竹の秋
九十一.春耕の田は方眼紙の如し
九十二.只だ光有りて早春の目を開く
九十三.忘れ羽や一つの空の鴉の巣
九十四.地虫出て地下王国が覆る
九十五.壮観や蓬莱近く蜃気楼
九十六.皮を剥く一身が痛い白樺
九十七.白魚に溺れて月光一寸かな
九十八.春愁や五臓六腑の乱に及ぶ
九十九.天の風飄々として春服や
一百.百花深処一僧帰や春の風
一百〇一.春分の日の小の麦や一寸金
一百〇二.秋山や放物線を描いている
一百〇三.春塵や唐傘をさす朝の雨
一百〇四.春光や峰の続きに青い釉
一百〇五.春暁や千紫万紅猶夢中
一百〇六.少年が緩緩と行く春菊
一百〇七.火珠吐く龍遊びて夜お松明
一百〇八.水面へ枝垂櫻や渡る風
一百〇九.酒を煮る千里の波や蜆舟
一百一十.樒売宇宙を入れて飛行船
一百一十一.美しき江南四月草青し
一百一十二.残花残照山河幾度干戈かな
一百一十三.髪結ぶ三月十日好事かな
一百一十四.桜貝を洗う指の腹紅し
一百一十五.今宵嵯峨大念仏や清涼寺
一百一十六.冴返る眼鏡の上の涙痕
一百一十七.車馬一つ逃れて東風や古い道
一百一十八.扉開く連呼ぶ声や小綬鶏
一百一十九.紅梅や口紅一つ唇に
一百二十.御忌の鐘の寒きを聴く雨青し
一百二十一.嬰児の喜びの色木の芽和
一百二十二.涼風や北窓開く松の月
一百二十三.黄水仙木の窓枠の片の月
一百二十四.玉盤に細螺一つや月の峰
一百二十五.金色の肉髻湧く菊の芽
一百二十六.洗濯機の回転の音亀鳴けり
一百二十七.花粉症大自然の美の副作用
一百二十八.鐘供養天地の鐘は一回撞く
一百二十九.電線に停る鴉の音符かな
一百三十.哀愁の岸に一人は搗布かな
一百三十一.海映して目の渦巻は風車
一百三十二.白し舌の言霊吐く花楓
一百三十三.傘暫し畳む海棠の花咲く
一百三十四.御身拭仏も埃惹く浮世
一百三十五.朧月日本海上船迅し
一百三十六.遅桜万朶山中大歩く
一百三十七.額上桜桃の花月粧す
一百三十八.瓜坊の雨粒の碧鼓かな
一百三十九.煙雨中四百八十寺鐘聲
一百四十.麗や彩雲万朶同じ天
一百四十一.梅一枝昼夜兼行洛陽へ
一百四十二.海明けの夜重く裂けて亀甲かな
一百四十三.厩出し一日千里の勢い
一百四十四.夕焼け海薬師如来の焔の網
一百四十五.独活の根と立体家系図地下にあり
一百四十六.清朝の橋の欄干に残雪
一百四十七.軒下の乞食の声や雨水の夜
一百四十八.少年や鶯餅を一口に
一百四十九.日と月の二重螺旋へ薯植うる
一百五十.凍ゆるむ一両電車の窓越し
一百五十一.花瓶に一輪草は曲線美
一百五十二.鼻先に垂る鼻水より寒く
一百五十三.息白しの鼻が通る気息音
一百五十四.夢から出て放浪して磯巾着
一百五十五.氷層下の魚腹へる冬深し
一百五十六.原爆忌人間地獄図展開
一百五十七.啄木鳥や木魚の音を聞く空林
一百五十八.大海に墨汁一滴や飯蛸
一百五十九.大朝寝釈迦牟尼涅槃図寺壁
一百六十.蘆焼くや千本の蛇の舌揚がる
一百六十一.聖人の目の波淡し冬の磯
一百六十二.大海に入る片片風花す
一百六十三.花馬酔木飛天の耳輪きり垂下
一百六十四.蘆芽や千代野の十の指の先
一百六十五.赤い舌の砂で磨く姫浅蜊
一百六十六.遠き山の霧の松や大朝寝
一百六十七.銀河系牛乳中に浮遊して
一百六十八.反射鏡に像を砕く立葵
一百六十九.青鰻滑るように出て地下鉄
一百七十.秋一日読経三昧二三沙弥
一百七十一.雁渡る般若心経を返して
一百七十二.残る雪大千世界に念澄む
一百七十三.如是我闻生老病死桐一葉
一百七十四.寺の中南無阿弥陀仏涼新た
一百七十五.川上に一月一日の青い山
一百七十六.片片の緋鯉の鱗や羅
一百七十七.牛蛙大腹を曝す弥勒か
一百七十八.暁や白き波透く霧の舟
一百七十九.大青田極楽浄土弥勒来
一百八十.八重桜桜一輪一輪に
一百八十一.招き猫の小手が揺らぐ淑気かな
一百八十二.金襴の落花の流れる搗布かな
一百八十三.柳腰に帯をしめるや楚の春
一百八十四.桐一葉三船の才に浮く月
一百八十五.月が残る銭塘江に観潮
一百八十六.正月の凧が高く飛ぶ白鳥
一百八十七.薄翅孵蝣の動き出す声帯
一百八十八.緑藻の海が傾く緑夜々
一百八十九.旧へ戻る半額切符や初旅
一百九十.自転車の轍に入って秋近し
一百九十一.涼しさを感じられる小種浸す
一百九十二.氷山の一角の突き立つ冷海
一百九十三.青筋を立てる大地に木の根明く
一百九十四.猿酒や我を忘れて青い月
一百九十五.月を眸子に溶かす
一百九十六.両輪の花の顔初鏡
一百九十七.千鳥足で歩いて帰る大雪
一百九十八.不精して瞳を凝らす春の昼
一百九十九. 朧夜に蝉翼薄し樹の肌着
二百.花見人の善さは花比ではない
二百〇一. 夜の故人を訪ねて八重の雪国
二百〇二.月や梅は鏡を見て薄化粧
二百〇三.鮫人の涙が凝って夜の珠明り
二百〇四.誘蛾灯仏の慈悲の目が閉じる
二百〇五.初富士や縹渺たる小舟横に
二百〇六.熊吼える闇の中ども樹々を裂く
二百〇七.軒下の雨滴の夢か秋寒し
二百〇八.十六夜の巻か散乱して月光
二百〇九.明日くる李白の髪が蓬かな
二百一十.蚯蚓鳴く指節しくしく痛いよぅ
二百一十一.晩春や風雨落花多へ庭を掃く
二百一十二.行く秋や国が傾ぐ忘れ金
二百一十三.啓蟄の虫の音の美しい夜
二百一十四.春一番酒屋看板落花がある
二百一十五.点滴が一滴落ちて雨かな
二百一十六.一枝の玉が傾く雪花落つ
二百一十七.黄葉や深く呼吸する秋風
二百一十八.水仙の坐す波中錦鯉
二百一十九.窓紙を細かく破る吹雪月
二百二十.玉顔を半分に遮る団扇
二百二十一.花辛夷や月下老人の筆筒
二百二十二. 鐘供養夜の松の声より広く
二百二十三.玄奘の乗馬が昇る龍天
二百二十四.金柑や地蔵の手の中の宝珠
二百二十五.乾鮭や十字架を負う炭の火
二百二十六.春潮の起伏の声洗濯機
二百二十七.初句会二十四橋玉人立つ
二百二十八.人魚姫の鱗が光る花霞
二百二十九.二三角露馬遠の秋山
二百三十.秋日和衝天一鶴気勢高し
二百三十一.青空や彫り弓を掛ける秋の虹
二百三十二.天道虫身に星辰序列あり
二百三十三.鳥消えて羽音が遠い朝曇り
二百三十四.静かな目に田舎を揺る小屋の秋
二百三十五. 崖間に白糸を吐く蚕瀑布
二百三十六.初恋や長髪の春瀑の如し
二百三十七.花吹雪鼠の裸おどりの夜
二百三十八.凍滝一時万物静止中
二百三十九.朝寒し歯間から薄荷味かな
二百四十.夢筆の命毛と生身魂来る
二百四十一.居待月常盤の指の腹の紋
二百四十二.玉葱や八つ重の水晶宮
二百四十三.柳絮飛ぶ低空へ白蛾かな
二百四十四.賀状書くただ一の福字が好い
二百四十五.花吹雪やむかしの人今何処
二百四十六.出日彩蛹の如し
二百四十七.一片の唇の朱梅早し
二百四十八.名古屋の半分の寒の入り夜月
二百四十九.氷柱に水銀光り寒暖計
二百五十.酔顔や上元の日の灯籠
二百五十一.琥珀の光沢の古きよ名月
二百五十二.指の甲の隙の泥小春も有り
二百五十三.寒の水へ行って帰る影法師
二百五十四.赤蜻蛉の目の光の美しき
二百五十五.鞘中に不平を鳴らし蛇の舌
二百五十六.流感や匙の立ちて影法師
二百五十七.萍生ふ亀甲へ雨斜め
二百五十八.春月や美人の膝に置く琴
二百五十九.青麦の鋭い芒も光り剣
二百六十.夕に鶴嘴の先
二百六十一.羿や太陽の血が噴く弓始
二百六十二.秋の峰や水に映る駱駝色
二百六十三.檸檬を一切れ入れる夜月かな
二百六十四.一筋の糸の蜘蛛は汗拭けり
二百六十五.雲に聳える太宗の碑や先帝祭
二百六十六.曙や茶しぶを抜く天の碗
二百六十七.三歳や青い目一対読初
二百六十八.始皇帝万歳兵馬俑立つ
二百六十九.世の中一碧楼忌夢の中
二百七十.龍天に昇るや萬丈松
二百七十一.秋田や吾肘の黄金印
二百七十二.コップ丸薬の瞬き蜃気楼
二百七十三.首肯くの山々四方拝
二百七十四.せっけん泡に月下美人を消した
二百七十五.二日灸松に緑針を出し
二百七十六.息白し陰陽師化ものがたり
二百七十七.寒に入る不変の竹の節かな
二百七十八.梨を剥く我と彼の分離こころ
二百七十九.枯荷や万柄の戦音を聞く
二百八十.花吹雪舟の旅人は窓開く
二百八十一.秋高し飛行機の爆音を聞く
二百八十二.蜂王宫に金屋の八百軒
二百八十三.夏木立の昇天の気ありけり
二百八十四.風有り月有り不眠夜や
二百八十五.古松に万片淋し老龍鱗
二百八十六.月の魂が水に浮かぶ
二百八十七.聳える玉峰は中指の如し
二百八十八.竹の皮脱ぐ竜宮の柱立つ
二百八十九.細螺や美人の髪の碧の簪
二百九十.大空や空空空や空空や
二百九十一.氷柱や水晶簾が垂下する
二百九十二. 玉肌から水が滑る雨の竹
二百九十三.枯木も忘れ年輪
二百九十四.ハエも仏前で頻合掌する
二百九十五.春に後身帰る
二百九十六.明日葉や昔の己の姿を見る
二百九十七.浅蜊の舌や秘め事
二百九十八.地球儀一人残らず
二百九十九.真珠一千万斗や春の雨
三百.枝を鳴らさず国栖奏のごときかな
俳人:夏凱(一九八六——)字泰治,號神龍。中國浙江臨安太湖源下爿村人氏。 |